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アイルランドでのワーキングホリデー

Working Holiday Story — Ireland 2025

アイルランドでのワーキングホリデー。
英語力370点だった大学生が得たもの

ワーホリIreland — Dublin2025 – 2026

「海外で働いてみたい。」「英語を話せるようになりたい。」 「学生のうちに何か大きな挑戦をしてみたい。」 そんな思いから、大学を1年間休学し、アイルランドでワーキングホリデーをすることを決めた。

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なぜアイルランドを選んだか

ワーキングホリデー先としてはオーストラリアやカナダが人気だが、僕が選んだのはアイルランドだった。

理由はシンプルで、ヨーロッパ旅行がしやすいこと、そして日本人が比較的少ないこと。 もともと旅行が好きだった僕は、せっかく海外に住むなら様々な国を見て回りたいと思っていた。 また、日本人が少ない環境の方が英語を使う機会も増えると考えた。

しかし、出発前の僕の英語力は決して高くなかった。TOEICは370点。 海外旅行は好きだったものの、簡単な日常会話ができる程度で、英語で働くことなど想像もできなかった。

出発前の不安と決断

アイルランドへ行くことを決めたものの、最初から順調だったわけではなかった。 もともと英語が得意ではなく、出発前のTOEICは370点。 海外旅行は好きだったが、英語で仕事をした経験はもちろんなく、不安の方が大きかった。

さらに、大学を1年間休学するという決断も簡単ではなかった。 周りの友人たちは就職活動を進める中、自分だけ卒業が1年遅れることになる。 「本当に行くべきなのか」と何度も悩み、出発直前まで迷うこともあった。

そしてもう一つ大きな壁があった。それは両親の反対だった。 海外での生活や休学に対する不安から最初は賛成してもらえなかったが、 ワーキングホリデーへ行く目的や目標を自分なりに整理し、何度も話し合いを重ねた。 また、費用はアルバイトで貯めたお金を使うことも伝えた結果、最終的には応援してもらえるようになった。 今振り返ると、アイルランドへ向かう飛行機に乗る前から挑戦は始まっていたのだと思う。

知り合いゼロで始まったアイルランド生活

アイルランド到着初日。当然ながら知り合いは一人もいない。 日本を出る前は楽しみな気持ちの方が大きかったが、いざ現地に着くと急に不安が押し寄せてきた。

翌日から通い始めたのはEF Language School。 最初の授業でさらに衝撃を受けることになる。周りの学生たちの英語レベルが、自分より圧倒的に高かったのだ。

イタリア人、スペイン人、フランス人を中心に、サウジアラビア、トルコ、ドイツ、スイス、南米諸国など、 本当に様々な国から学生が集まっていた。自己紹介の時点で思うように話せない。周りは自然に会話している。

それでも黙っていても何も始まらない。 各国の「ありがとう」や挨拶を覚えたり、冗談を言ったり、一緒にご飯へ行ったり。 英語が完璧じゃなくても、人と仲良くなる方法はいくらでもある。 少しずつ友達が増え、英語を話すことへの抵抗もなくなっていった。

語学学校で学んだのは英語だけじゃなかった

語学学校で良かったのは、英語を学べたことだけではない。 何より大きかったのは、多国籍な友人ができたことだった。

僕はEF Language Schoolに16週間通い、その中で20ヵ国以上の学生と交流した。 同じ授業を受け、放課後に遊び、週末には旅行へ行く。 国籍も文化も宗教も違う人たちと毎日のように関わる経験は、日本ではなかなかできない。

日本では当たり前だと思っていたことが、海外では当たり前ではない。 そんな違いを知るたびに、自分の価値観が少しずつ広がっていく感覚があった。 卒業後も関係は続いており、今でも連絡を取り合っている。

仕事探しは想像以上に厳しかった

語学学校に通いながら、仕事探しも始めた。しかし、現実は甘くなかった。 CV(履歴書)を持って街を歩き回る毎日。3週間で50枚以上配った。

「今は募集していない。」そう断られることも珍しくない。 ようやくCVを受け取ってもらえても、返事は来ない。 結果として連絡が来たのはわずか3件だった。

何十件も断られると、自信もなくなる。英語力も十分ではない。 何度も心が折れそうになった。それでも諦めずに動き続けた結果、 10月からマレーシアンレストランで働けることになった。電話が来た時は本当に嬉しかった。

キッチンポーターとして働いた日々

仕事内容は決して楽ではなかった。 朝は油まわりの掃除から始まり、肉を焼いてカットする仕込み作業、野菜の補充やカット、 シェフの盛り付け補助や揚げ物、荷物の受け取りや収納、足りないものの買い出し。 キッチン全体が円滑に回るようにサポートするのが僕の役割だった。

特に大変だったのが英語だった。 語学学校時代はイタリア人やスペイン人の訛りに苦戦した。 しかし働き始めると、今度はマレーシア人、インド人、フィリピン人の英語が待っていた。

同じ英語なのに聞き取れない。何度も聞き返した。 しかし「分からなければ聞けばいい」と開き直ってからは少し楽になった。 英語力以上に大切だったのは、分からないことをそのままにしない姿勢だったと思う。

ヒゼンダニ感染と支えてくれた友人たち

ワーホリ生活が順調に進んでいるように見えても、当然うまくいかないこともあった。 その一つがヒゼンダニへの感染だった。

感染後は人との接触を避けるようになり、精神的にもかなり辛かった。 人と会う機会が減り、不安になることもあった。

そんな時に支えてくれたのが日本人の友人たちだった。 海外生活では自分一人で頑張ることも大切だ。 しかし同じくらい、人に頼ることも大切だと感じた出来事だった。

ワーキングホリデーで得たもの

1年間のワーキングホリデーを終えて、一番変わったのは考え方かもしれない。 以前は海外で生活することに対して高いハードルを感じていた。 しかし実際に住んでみると、意外と何とかなる。

仕事探しも、家探しも、トラブル対応も、最初は不安だった。 それでも一つずつ乗り越えていくうちに、 「将来どこの国に住んでも生きていけるかもしれない」そう思えるようになった。

また、行動力やコミュニケーション能力も大きく成長した。 英語が完璧じゃなくても話しかける。知らない人の輪に入る。困ったら助けを求める。 そんな経験を積み重ねたことで、自信もついた。

一方で、日本の良さにも気づいた。時間を守ること、秩序を守ること、責任感を持って行動すること。 海外で生活したからこそ、日本社会の長所も見えるようになった。 ただ、自分自身は少し自由な環境の方が合っているとも感じた。

帰国後に感じた変化

帰国してからよく聞かれるのが、 「ワーキングホリデーに行って何が変わったのか」という質問だ。 英語力が伸びたことはもちろん大きな成果だったが、それ以上に変わったのは考え方だったと思う。

以前の僕は、新しいことに挑戦する前に不安やリスクばかりを考えてしまうことが多かった。 しかしアイルランドでの生活を通して、 「意外と何とかなる」 という感覚を持てるようになった。

知り合いのいない国へ行き、家を探し、仕事を探し、様々なトラブルを経験した。 その度に悩みながらも一つずつ解決してきた経験が、自分自身の大きな自信につながった。

また、世界各国の友人たちと出会ったことで、自分の中の当たり前は大きく広がった。 将来の選択肢についても、日本だけに縛られる必要はないと思えるようになった。 ワーキングホリデーは英語を学ぶためだけの制度ではない。 自分自身の可能性を広げ、新しい価値観に出会える経験だったと感じている。

「TOEIC370点、知り合いゼロの状態から始まったアイルランド生活。 不安も失敗もたくさんあった。 それでもあの時、一歩踏み出して本当に良かったと思う。 もし今、挑戦するか迷っている人がいるなら、僕は背中を押したい。 完璧な準備や完璧な英語力は必要ない。 必要なのは、一歩踏み出す勇気だけだ。その一歩が、想像もしなかった出会いや経験につながるかもしれない。」 ✈️🍀

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